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元RCCスポーツアナが熱烈応援!

こちら赤ヘル実況席

隔世の感のカープファンの様変わり

2014/12/09

1970年代前半までの地元広島のファンは、カープへの入れ込みが強烈で、乱暴な振る舞いや言動は珍しくなかった。ときにはカープの不利な判定に騒ぎを起こし、警官隊が出動し逮捕者が出ることもあった。また試合が中止になったりもした。
 1964年6月の阪神戦は、稲田球審の誤審で試合が約2時間半も紛糾し、最後は放棄試合となった。長時間待たされた約千人の観客はグラウンドになだれ込み、ドアや窓ガラス、場内放送設備などを手当たり次第ぶち壊した。また選手や審判は審判室にかん詰め状態にされた。そこから3部屋先にRCCの放送室があった。放送スタッフは暴動化した人間を間近に見て、命が縮む思いであったと恐怖を語った。この事件で放棄試合を含めた阪神3連戦が中止になった。

 カープが初優勝した1975年9月の中日戦も、カープ史に汚点を残した。本塁へ向かう走者三村への中日・新宅捕手のタッチを巡り、両軍選手と観客約2百人が入り乱れ大騒動になった。試合後も怒りが収まらない約2千人のファンは球場玄関前に群がった。一部ファンは球場正面のガラス戸や中日の送迎バスに投石、ついに警官隊が出動した。「このような状態で野球はできない」と、翌日の試合は中止になった。この年は警官隊が出動するような騒ぎが6度もあった。その大半が優勝を争った中日戦であった。これは選手同様ファンも熱く燃えた証しであると言える。カープはこの事態を深刻にとらえ、「このままでは野球ができなくなる」と強い危機感をもった。
 ところが、初優勝を機に日本一達成を達成した1980年前後には観客のマナーがよくなった。カンやビンの持ち込み禁止や警備の徹底など球団の努力が大きかった。またカープが優勝戦線に加わることでファンも全国的に注目され、マナーの悪さを改善しようとしたことにもよる。 
 当時のカープは「婦人と子どもが最後まで楽しく観戦できる球場」を理想とした。

 近年この理想は現実になってきた。マツダスタジアムは大リーグでは一般的な「ボールパーク」を意識して建設された。「球場には野球観戦のほかにも楽しみがある」とファンの評判はよい。特に女性がプロ野球を身近に感じるようになった。流行語になった「カープ女子」はその象徴だ。今年度の観客動員数の前年比21.7%増もうなずける。一時プロ野球のファン離れが目立ったが、ここ数年は回復傾向だ。その中心がカープである。騒動が頻発した時代を知る者には隔世の感だ。
                                                       (12月8日記)


こちら赤ヘル実況席

プロフィール

鈴木信宏(すずき・のぶひろ)

1946年東京生まれ。1970年スポーツアナウンサーとして中国放送(RCC)入社、カープ戦の実況はを800試合以上を数える。2006年定年退職後も、カープへの熱い思いを胸に、執筆などで活動する。著書に「カープとともに真っ赤に燃えたマイク人生」(文芸社)がある。

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